
1: それでも動く名無し 2026/09/11(金) 09:22:22
核兵器は全世界でなくさなきゃダメですよ――。
元プロ野球選手で、野球評論家の張本勲さんが9日、死去した。86歳だった。亡くなる4日前の5日、張本さんは毎日新聞の電話取材を受けていた。
1945年8月6日。あの日、張本さんは爆心地から東に2・3キロ離れた広島市段原新町(現南区)の自宅で、原爆の閃光(せんこう)を浴びた。爆風で自宅は倒壊した。
勤労動員中に熱線を浴び、全身が赤く焼けただれた長姉は「熱い、熱い」とうわ言を繰り返して数日後に亡くなったという。
ちょうど20年前の2006年10月に始まった毎日新聞の記録報道「ヒバクシャ」。第1回に登場してもらったのが張本さんだった。
5日の取材もヒバクシャの取材の一環で、「電話取材なら」と快諾してくれた。
張本さんは、高市早苗政権で「非核三原則」の見直しが取り沙汰されていることについて「細かいことは分からんが、持ってはいけないものは持ってはいけない。日本だけじゃない、全世界が、だよ」と語り、「武器で殺し合うような戦争は、絶対にやってはいけないんだ」と続けた。
元プロ野球選手で、野球評論家の張本勲さんが9日、死去した。86歳だった。亡くなる4日前の5日、張本さんは毎日新聞の電話取材を受けていた。
1945年8月6日。あの日、張本さんは爆心地から東に2・3キロ離れた広島市段原新町(現南区)の自宅で、原爆の閃光(せんこう)を浴びた。爆風で自宅は倒壊した。
勤労動員中に熱線を浴び、全身が赤く焼けただれた長姉は「熱い、熱い」とうわ言を繰り返して数日後に亡くなったという。
ちょうど20年前の2006年10月に始まった毎日新聞の記録報道「ヒバクシャ」。第1回に登場してもらったのが張本さんだった。
5日の取材もヒバクシャの取材の一環で、「電話取材なら」と快諾してくれた。
張本さんは、高市早苗政権で「非核三原則」の見直しが取り沙汰されていることについて「細かいことは分からんが、持ってはいけないものは持ってはいけない。日本だけじゃない、全世界が、だよ」と語り、「武器で殺し合うような戦争は、絶対にやってはいけないんだ」と続けた。
2: それでも動く名無し 2026/09/11(金) 09:22:41
4: それでも動く名無し 2026/09/11(金) 09:23:42
サンキューハリー
5: それでも動く名無し 2026/09/11(金) 09:24:46
持ってはいけないものは持ってはいけない
進次郎かな
進次郎かな
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Source: なんJ PRIDE

