「こういう大きな記録にたどりつけるというのは、全く想像もしなかった。(2017年に)来た時は、とにかく1 年間やるんだと、日本に来た。こんな長い年数を経て、こういう大きな記録を作るというのは本当に思ってもいませんでした」
中日にスカウトされ、来日したのは2017年、20歳の時。来日した当初は、日本での生活のスピード感についていけず、戸惑ったことも多々ありました。
「とにかく、全てが速い。電車とかもそうですし、街がキレイというのも、すごく印象に残っています。やっぱり信号をみんながしっかり守っている。キューバだったら、信号は守らないので(笑)」
いまでは笑って当時を振り返ることができますが、家族と離れて暮らすこと、食生活が全く合わなかったことなど、涙したことも。
「一番難しかったのは食事の面で、特に1年目はすごく苦労しました。うどんとか、ソバは見た目で、ちょっと食べられないなと思いました。(キューバに)帰りたくなったことは正直、1年目は何回もあって・・・言葉もそうですし、文化も違うので、これはもう耐えられないと思って帰りたくなったことは何度もありました」
その来日当初を知る中日、そして巨人でのチームメート、小笠原慎之介投手は「お米も食感とかが違って食べられなくて、バナナばっかり食べてました。泣いていたことも多かったと思います。バナナだけしか食べられないんですけど、練習はめちゃくちゃするから、みんなが『倒れるぞ』って心配してましたね」と当時を振り返りました。
アメリカンドリームならぬ、ジャパニーズドリームを手にするために、必死に努力してきたマルティネス投手。「とにかく1年、1年頑張る」とつぶやき続けて、早9年。コツコツと積み重ねてきたものが、ここで250セーブという大輪の花を咲かせました。
https://news.yahoo.co.jp/articles/d567a666b12763d9a65690cb584caabcb1086712
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Source: なんじぇいスタジアム@なんJまとめ

